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栄光から栄光へ、鏡に映すように、主の栄光を反映させながら、キリストの似姿へと変えられていく。

7.不透明な資金の流れと、人権侵害がつきものの村上密の反カルト脱会運動
 
さて、昔から、権力者は自分たちにとって不都合な言動を行う人間に「狂人」のレッテルを貼り、その言論を「狂言」や「ヒステリー」と決めつけてはその主張を退けて来た。
 
その方法は時代を超えて変わらない。そこで、昨今の牧師たちや、その信奉者たちが、不都合な信者を弾圧する方法も、これとそっくりになるのは当然である。

たとえば、当ブログに関して言えば、筆者が一審で勝訴した杉本徳久や、杉本と文通して筆者の個人情報を杉本に提供していたKFCの唐沢治が、これまで筆者の言に何とかして「精神異常」のレッテルを貼ろうと腐心して来たことにも、それは見て取れるし、むろん、筆者がかねてより反聖書的な運動を率いていると指摘して非難している村上密や、唐沢治と組んで杉本に筆者の個人情報を提供した坂井能大が、筆者の主張に「感情論」のレッテルを貼っては、己の責任から逃げようとしていることにも共通している。

この人々は、とにかく理詰めの勝負が苦手で、細かい議論を緻密に積み重ねる代わりに、浅はかなレッテル貼りによる印象操作に逃げ、早々に議論をおしまいにする傾向がある。

だが、読者には、このような印象操作に惑わされることなく、じっくりと物事を賛否両論から議論してみることをお勧めしたい。

たとえば、村上密の最新記事「捜す」を読んで、あなたは何を感じるだろうか?

この記事では、統一教会に入信して家族を捨てた青年を、村上がアメリカまで捜索に行き、居場所をつきとめて、家族との連絡を復興するのに役立った、という手柄話が披露されている。

この記事を読んで、複数の疑問が生まれなかった人は、よほどマインドコントロールを受けやすい人間だと言えよう。

第一に、この体験談には、事件が発生した年月日が記されていない。村上はこれを最新記事として書いているので、軽率な読者は、ここに書かれていることは、最近、起きたことだと勘違いするかも知れない。

だが、筆者は、この手柄話は、村上がさんざん擦り切れるまで繰り返してきた昔話でしかないことを知っている。それでも、年月日を書かずに最新の記事に掲載すれば、あたかも最近、こういう目覚ましい働きがあったかのように、読者は受け止めるかも知れない。

そういう誤解が生まれることを予め分かった上で、あえて年月日を記さずに記事にすることも、読者への印象操作の一つなのである。

第二に、この記事を読んで、あなたは村上がカルトに入信した青年をアメリカまで捜索に行くための資金を誰が出したのか、という疑問を持たれたであろうか?

この点に注意が向けば、あなたは勘の良い人間だと言えよう。「ふーん、それは良かったですね・・・」で終わりになってしまう人は、文章を注意深く読解する力のない、マインドコントロールに対抗する力がほとんど養われていない人である。

こうして、村上が行っているカルトからの脱会運動にまつわる不透明な資金の流れの話に筆者が水を向けると、早速、村上は「推論」だ、「臆測」だ、「創作」だ、と噛みついて来る。

これは村上が10年来用いている古典的手法で、村上は自らのブログ記事「村上密を「創作」3」でも、村上の運動を巡る不透明な資金の流れについて指摘した筆者を、あたかも「自分のブログに感情的に思いのたけを書きまくっている」だけで、根拠のない話を膨らませているだけであるかのような印象操作をしている。

村上が以前から、自分に不都合な事実を指摘される度に、批判者を人格攻撃することを繰り返して来たことは周知の事実である。

だが、筆者は根拠のない話を膨らませているのではない。教会というところを幼い頃から見て知っているので、比較的規模の大きい教会であっても、教会で捧げられる献金だけでは、海外まで人を探しに行く財源を得ることなど無理であることが分かっている。

だとすれば、教会員でもなく、ただカルトに入信したために、居場所が分からなくなった青年を探すためには、教会とは別に、誰かが特別な資金を村上に提供しなければならない。そして、そのようなことをしうる動機や手段を備えているのは、やはり、カルトに入信した信者の家族しかない、という結論がすぐに出て来る。

このように、村上密らの行っているカルトからの脱会運動には、昔から不透明な資金の流れがつきもので、そこには、教会の会計処理には決して上がってくることのない、莫大な資金がつぎ込まれて来た。この問題は、キリスト教以外の宗教では、はるか昔から指摘され続けて来たのであって、そのことを未だ知らないのは、キリスト教界のごく一部のお人好しだけである。

いわば、お人好しのクリスチャンだけが、こうした問題があることに気づかず、「カルト宗教から信者が取り戻されたなら、良かったことではないか」などと、うわべだけの成功談にまんまと欺かれ、当ブログの指摘を取り合う価値もない「創作」と決めつけ、嘲笑い、耳を塞いで来たのである。

さらに、このカルト脱会運動には、人権侵害という問題が、切っても切れない関係として結びついていることも、昔からよく知られた事実である。

ところが、キリスト教界の中では、このことはほとんど議論されることもない。

村上密らの率いる反カルト運動は、昔から、カルト宗教からの「拉致・監禁」による信者の強制脱会という形で、手柄を打ち立てて来た。

筆者はこの問題について、2008年に甲師の物語としてまとめたところ、村上密は早速、この物語にも噛みついて来て、これが自分を揶揄・嘲笑するために作られた「創作」だと、筆者を非難し始めた。

だが、問題は、甲師の物語が創作であるということではない。そんなことは最初から分かり切っている。

要するに、村上にとって致命的なまでに不都合だったのは、筆者がこの物語の中で、村上が決して指摘されたくなかった、村上の率いるカルトからの信者脱会運動にまつわる様々な問題――すなわち「拉致・監禁」という人権侵害や、信者の家族からの不透明な資金提供や、脱カルト運動そのものの異端性・反聖書性――を赤裸々に描き出したことである。

カルト宗教からの信者脱会を、手柄として誇って来た村上にとって、自分の運動が、不透明な資金提供と終わりなき人権侵害を前提として成り立つものだということは、決してキリスト教界の内部では、知られたくない秘密だったのである。

だが、村上がいかに筆者の論を「創作」と決めつけようと、村上ら牧師の行って来た脱会運動が、人権侵害の伴う強制的な脱会活動であり、そこで刑事事件に値するほどの犯罪が行われていた実態は、キリスト教以外の宗教においては、ずっと昔から周知の事実であり、大いなる非難の対象となって来た。むろん、信者を奪われた宗教の側から、いくつもの訴訟さえも起こされたのである。

たとえば、次のの記事は、信者を奪われた統一教会の側から、村上らの活動の暴力性・犯罪性に対して向けられた非難である。

ただ統一教会側からの非難だから、という理由で、目を背けないようにされたい。この記事を読めば、カルトに入信したというだけの理由で、村上らが統一教会の信者らに対してどれほど過酷な扱いを容認していたかが分かる。長いが全文引用しておきたい。
 

「洗脳」「マインドコントロール」の虚構を暴く

第五章 国内の「マインド・コントロール」の犯罪

国内の強制的改宗活動家たち

日本国憲法においても、第二〇条において信教の自由と政教分離が謳われているわけですから、この二つの助言書は日本においても有効なものであると考えられます。しかし日本においてはこうした米国の良識ある学者たちの見解は理解されていないばかりか、信教の自由や人権問題に対する意識があまり高くないために、拉致・監禁による強制改宗事件がいまだに跡を絶ちません。

 山崎浩子さんの拉致・監禁、脱会事件以降、統一教会に反対する活動家による統一教会信者への「拉致・監禁事件」は年間三百件以上起こっているにもかかわらず、それらは全くといっていいほど事件として扱われてきませんでした。

これらの「拉致・監禁事件」は、相手の自由意思を踏みにじったうえ、しかも身体的な自由を奪っての説得であり、絶対に許されるものではありません。しかし反対活動家は拘束の事実を認めたうえで、本来刑事および民事事件として扱われるべき事件の本質を、親子問題にすり替えることによって拉致・監禁を正当化してきました。

 現在の主要な強制改宗活動家としては、
<筆者注:文中記載の村上以外の牧師の氏名を省略する> 

村上密牧師(日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団、七条キリスト教会)
<略> などが挙げられます。

これらの日本の活動家たちは、強制的改宗活動をいわば職業的に行っており、信者の父兄に働きかけて拉致・監禁の作戦と方法を細かく指導し、それによって多額の金銭を父兄から受け取っています。

彼らは両親や親族などを使って信者を暴力的に拉致しますが、そのとき彼らは絶対に直接手を出しません。反対牧師たちは「拉致・監禁」に対して、決まって異口同音に「自分たちは拉致・監禁を命じた覚えはない。あれは父兄たちが勝手にやっているのだ」と強弁しています。これは自らの手は汚さない、極めて「卑劣なやり方」であるといえますが、明らかに刑法第二二〇条「逮捕・監禁罪」の「教唆犯」(同六一条)に当たるものです。


拉致・監禁による強制的暴力改宗活動の実態

「反対牧師」が親や親族を操作して行っている拉致・監禁は、CANの活動と同様に非常に強制的・暴力的なものであり、明らかに犯罪性が認められることは多くの証言によって明らかになっています。

 一九九一年四月七日に、職業的な「脱会屋」である宮村峻氏らによって拉致・監禁され、八カ月にわたって拘束されながらも、奇跡的に脱出した鳥海豊さんの著書『監禁250日証言「脱会屋」の全て』(光言社)には、強制的な拉致の様子がはっきりと書かれています。

 「どうしてもダメか」
「どうしてもダメですよ。……」
「どうしても駄目なら、力ずくでも連れていく」
「……帰らせていただきます」

と言って出ようとした。そうしたら、

「そうはいかない」
と、突然そこにいた男性が、ダーと十人ぐらい来て、押さえつけてきた。こちらも暴れるけれども組み伏せられてしまう。折り重なってきて、体の自由がきかない。(『「脱会屋」の全て』16-17頁)

みんなあっちこっちから手をかけて、私は羽交い締めにされ、ワゴン車に押し込められた。(同書18-19頁)

さらに『週刊文春』(一九九三年四月二十九日号)に掲載された山崎浩子さんの手記にも、彼女が強制的に連れさられたことが書かれています。

 「『しまった、やられた』私のこわばった頬を、とめどなくあふれ出る涙が伝う」「みんなの視線が、私に突き刺さっている。逃げることはできない。いや、逃げてはいけないと思った」「姉達が拉致・監禁をするなんて――」

「私を真ん中にはさむようにして、姉と叔母がシートに身を沈める」「車はどこにむかって走っているのか、全然分からない。これからどうなるのか、それもまた、全く見当がつかなかった」

 元統一教会員で、現在は反対活動を行っている田口民也氏の『統一協会からの救出』(いのちのことば社)には、彼の指示によって両親から拉致・監禁されたN君の手記が載っていますが、そこには到底逃げ出せないような環境に無理やり連れて行かれた様子が描写されています。

そのうちに、あるアパートまで連れて行かれた。それが、逃げられないように頑丈にしてあるのを見て初めて、私はここまで来た意味がわかった。………こうして数か月間のアパート生活が始まったのである。

この本にはN君を拉致した父親の手記も載っていますが、そこには息子を拉致するためにロープやガムテープなどを用意したという生々しい記述があります。

親戚に初めて息子の状態を伝え、協力を願う。十名の協力を得ることができた。連絡があってから、一週間が過ぎる。移動用ジャンボタクシー、身につけるロープ、ガムテープなどそろえる。

これらは父兄が主体的に思いついてやるのではなく、明らかに牧師が事細かに指示してやらせているのです。

田口氏は著書の中ではっきりと、

「まず、体を集団ナルチシズム(集団生活および彼らの監視)から隔離する必要がある」

救出は、その組織から、体を引き離すことはもちろんであるが、体だけを統一協会からだしても、それで安心してはいけない。体だけではなく、心や霊までも解放しなければ本当の救出にはならない

と書いており、信者の改宗にはまず物理的な隔離が必要だとの主張をしています。そしてこの本には「第三章:救出のためのテキスト」と称して、牧師が親に出している具体的な指示が述べられており、これは改宗のためのプログラムが牧師によって作られたマニュアルに従って行われていることを示唆しています。

信者は監禁された状態のまま、反対牧師による長期間の棄教の強要と説得を脱会するまで受け続けます。長い場合は数カ月に及ぶこともあります。そしてまず現状では本人が拉致・監禁された場合の救出、あるいはそこからの脱出は不可能な状態なのです。

鳥海豊氏も、

「お前はもうここから出られない。ここから出るためには、落ちるしかない」(『「脱会屋」の全て』21~22頁)

と宮村氏に言われています。もし脱会の意思を表明すれば、直ちに半ば強制的に「統一教会脱会宣言書」なるものを書かされます。もし書かない場合は、書くまで何十日でも監禁状態を続けるのです。本来「脱会届」なるものは本人の自由意思によって書くものでありますが、反対牧師はそれをいわば改宗の「踏み絵」として利用しているのです。


刑事上の犯罪性と多額の金銭受け取り

そしてテッド・パトリック氏やスティーヴン・ハッサン氏が依頼者から多額の金銭を受け取っていたのと同様に、日本の「活動家」も信者の父兄から実費以上の多額の金銭を受け取っています。山崎浩子さんの脱会工作にかかわった杉本誠牧師は、著書『統一協会信者を救え』(緑風出版)において、横溝牧師、森哲牧師(日本基督教団小牧教会)、平良夏芽牧師(日本基督教団桑名教会)らが一回信者と面会するたびに、おのおの十万円ずつ受け取っていた事実を認めたうえで、

「私の経験からいけばそれぐらいのお金は当然掛かると思いますね。………私もやはりそれぐらいの形のものは親御さんから車代ということで頂いていますよ」

と言っています。

このように拉致・監禁による強制改宗の流れと手順を見てくるとき、そこには牧師が関与しており、教唆による拉致・監禁、身体拘束という刑事上の犯罪性が認められるということが分かります。しかし彼らは「カルト教団にマインド・コントロールされた子供を親が救出している」という理由を振りかざして事件の本質をすり替えることにより、自らの行為を正当化してきたのです。

事実、一九八八年に統一教会員の吉村正氏が監禁された事件で、教会側は裁判所に人身保護請求を出し、これが当然下りるものと信じて関係者一人が行っただけでしたが、共産党系の弁護士が百九十八人も名を連ねて反対し、この事件をうやむやにしてしまうということが起こりました。

彼らは人身保護請求が出ている裁判所に圧力をかけ、法を曲げ、事実を曲げて統一教会の主張を退けるようにし、このため本来一週間以内に下ろされなければならない人身保護令が大幅に遅れました。このようにして時間を延長させ、強制説得による棄教のための時間を稼ぐことにより、もしその間に被害者(統一教会員)が棄教し、脱会すれば、反対グループの行為が正当化できるからでした。そしてそうすれば親をはじめ元教会員を被害者に仕立て、法廷で証言させることにより、統一教会のイメージダウンを図り、世論を味方につけることができると考えたためなのです。


日本における世界にもまれな人権侵害の実態

このように日本の「反対牧師」による統一教会信者の強制改宗は、世界的にもまれに見る宗教迫害であり、深刻な人権侵害であるといわざるを得ません。

本書は、日本に真の民主主義と信教の自由が確立されることを願い、このような拉致・監禁事件が一日も早く根絶されることを願って出版されました。そのためにはこのような強制改宗の犯罪性を正当化するための理論である「マインド・コントロール理論」の欺瞞性が明らかにされなければなりません。

本書の後編においては、この問題に関する最も権威ある専門家の見解として、米国心理学会と米国キリスト教協議会がそれぞれ提出した「法廷助言書」の翻訳を資料として全文掲載しました。これを機会に、一日も早く日本においてマインド・コントロール理論の非科学性が厳密に論議される日が来ることを願ってやみません。


 
ちなみに、ここで明記されている「拉致・監禁」による強制的な脱会活動は、当時、反カルト運動の常套手段であって、ありふれた事例であったことを、筆者自身も、同年代の信者から、聞かされて知っている。

筆者自身、統一教会から村上らの運動を通じて強制的に脱会させられてアパートの密室に監禁されて村上から説得工作を受け、キリスト教に改宗させられたという同年代の信者の体験談を直接、聞いたことがある。

ただし、こうした強引な手法が疑問視されるようになってからは、村上らの反カルト運動は訴訟のリスクや刑事責任を問われるリスクを回避するために、多少、手法を変えたので、今日、ここまで強引な脱会活動はほとんど行われなくなっているものと思う。

だが、それでも、今日、掲示板において、村上密の擁護者が当ブログに対して繰り広げている異様なまでのバッシング(誹謗中傷・権利侵害)を見る限り、村上の運動に当初から流れていた暴力性は、今もしっかりと彼の活動の理念として受け継がれているように感じられる。

村上密は現在、杉本徳久による当ブログ執筆者に対する名誉毀損などの人権侵害や、掲示板で起きている暴力的な権利侵害には無関係を装っているが、以上の記事を読むと、それが事実であるとは到底、ますます思えなくなるだけである。

何しろ、この記事では、村上ら複数の牧師たちが、統一教会からの信者の脱会運動において、拉致・監禁という暴力行為によって、娘息子を取り戻すことを、信者の家族に具体的に指示する側に立っていたにも関わらず、彼らは、そういう犯罪行為に自ら手を下した形跡が残らないように、直接的には信者の親族にそうした行為を行わせ、暴力を陰から煽って来た様子が、記されているのためある。

いかにこの人々が悪しき運動に手を染め、これを率先して率いながらも、自分たちは直接的な責任を問われることのないよう、聖人君子然と「いいとこどり」の立場に終始して来たかがよく分かる記述だ。

さらに、以上の記事では、この脱会活動を巡って、信者の家族から牧師たちに多額の金銭が渡っていた事実も指摘されている。

また、以下に挙げる記事でも、以上の記事と同じく、信者の脱会活動には、実際に莫大な資金提供がなされ、闇から闇へと消えて行く不透明な資金の流れがあったことが指摘されている。

これはいわば弁護士に払われる「着手金」や「成功報酬」のようなものと考えれば分かりやすい。実際、アメリカまで捜索に行くような事例は、そう多くはないと見られるものの、捜索をしたり、拉致・監禁による説得工作を実行するためには、かなりの費用が必要になる。10万円ではとてもきかないだろう。

それでも、どうしても娘・息子を帰して欲しいとひたすら願い続ける親族は、藁にもすがる思いで、村上ら牧師に、こうした金銭を「謝礼」や「献金」といった名目で捧げ、毎回の脱会カウンセリングの度に多額の金銭を支払って来た事実があることが指摘されている。
 
以下のブログの記事では、統一教会の信者が裁判に提出した陳述書を引用して、村上が信者に対して行っていた強制脱会活動の暴力性が指摘されているため、長くなるが、該当部分を引用させていただきたい。
 

ブログ「火の粉を払え」記事から一部抜粋(記事末尾の脚注は省略する)

2)監禁の状況

 アパートのトイレの窓を含め部屋の中の手の届く高さの窓には全て特別な鍵がつけられて開きませんでした。
 玄関のドアは部屋の中から鍵をかけてチェーンロックをした上、そのチェーンを短くするために二個の錠前を取り付け、チェーンがはずせない長さに調整してありました。

 黒鳥栄牧師は1992年12月30日にやってきて、「私はただのカウンセラーで牧師ではないしあなたの味方です」などと話かけてきました。監禁状態は一目瞭然なのに、とがめる様子もなかったので、全てが綿密な計画の下に行われていたのだと思います。(注1)

 この部屋の窓につけられた特別な鍵は、私の両親が取り付けたのか、名義人になっている脱会者の母親・■■■■子さんが取り付けたのかどちらだか断定できませんが、ドアチェーンの鍵は、一番最後に父親が黒鳥牧師に返していました。(注2

(3)脱会の強要の状況

 7か月間に渡って監禁されているときに、黒鳥牧師の他に、尾毛佳靖子(かやこ)牧師、滋賀県の日本基督教団水口教会・清水与志雄牧師、茨城県の日本基督教団水戸中央教会・横溝洋三牧師、京都府の日本アツセンブリーオブゴッド教団七条キリスト教会・村上密牧師が来て脱会を強要されました。(注3)

 母は、清水牧師が来るたびに封筒を渡していましたが、封筒の裏に10万円と書いてあるのが見えました。(注4)

 私は、「何だ、奉仕でやっているなどと言いながら」と思いました。ドアの外で黒鳥が母に、「いいんですよ、お母さんそんな」という声も聞きました。脱会者の■■さんが来たときには、封筒を渡していました。1回4、5万円入れているところを見たことがあります。

 2月28日、借り主でない者たちが住んでいることが見つかり監禁場所を移りました。(注5)
 そこはワンルームだったので、牧師や脱会者が来る度に母が黄色い封筒を渡しているのが見えました。母の手帳の五月終わり頃の欄に「300万おじから借りた」と書いてありました。

 牧師たちは、父兄を前に、脱会させた別の父兄に「自分はいくらぐらい払った」という証言をさせます。このことは脱会者の人から聞きました。

 黒鳥牧師は連日と言っていいほど部屋に来て、3時間程話をして帰りました。
 清水牧師は2月中旬に3日間、2月末に1日間、合計40時間ほど、
 尾毛佳靖子牧師は、1週間で計20数時間、説得しました。
 村上密牧師は、黒鳥牧師と統一教会員の拉致監禁についての情報を交換し合っていました。村上牧師は1日8時間ほど脱会を説得しましたが、その時は両親も兄も一緒に聞いていたので、私を説得すると共に、両親や兄に対し徹底して統一教会を悪者に仕立て、監禁を正当化しました。

 4月に入ってから黒鳥牧師は横溝牧師を連れて来ました。
 黒鳥牧師が席を立って私と横溝牧師だけにしようとするので、「一緒に帰って下さい」と泣きながら訴えると渋々2人は帰っていきました。

 統一教会に反対するキリスト教の牧師は「拉致監禁はやらない。自分たちは親に頼まれて手助けをしているだけだ」と弁明しますが、その実態は統一教会の信仰をやめさせるために拉致監禁を正当化し、親たちを悪意に満ちた情報で教育し、背後で細部に亘って指示を出しているのです。

 事実、黒鳥牧師も私が脱会する気配が見えないので、「あなたの場合は、本当に親の教育が足りないのよね」とよく言っていました。「原理(統一教会)の事を通して家族のいろいろな問題をいじれるからやりがいがある」とも言っていました。(注6)

 1993年3月に父親はとうとう会社をくびになってしまいました。
 その時も黒鳥牧師は「娘さんのことより、仕事のほうがそれほど大事なんですか」と言って父親を叱り飛ばしました。

 黒鳥牧師は「もう家に帰る」と言う父親を許しませんでした。そして、「娘さんのために全部を捨ててしまわなければ、娘さんを救えない」と言って父親を極限状態まで追いつめました。
 父親は精神的に疲れ切って自殺しようとしました。
 これほどまでに苦しんでいる父親の姿を見せれば、私が統一教会から脱会するだろうと思って、黒鳥牧師はわざと両親を苦しめるのです。
(注7)

 1993年5月の中旬に横溝牧師が来たときには、私の母親に向かって、「親の苦しむ姿を見れば子供は統一教会から脱会をせざるを得なくなるんだ」と語気を荒げました。
 私はとても残酷とも言える牧師たちのやり方や、考え方に言葉を失ってしまいました。

 1993年6月7日になって、このままでは監禁が何年かかるか分からないと思ったのか、両親は私に暴力をふるって説得にかかってきました。

「いい加減に目をさませ」と大声で叫びながら母親が私の右頬を殴りつけました。
 父親が続けて左頬を殴りました。
 最後には2人で続け様に5,6回殴りつけて来ました。この時、殴られた際に右耳の鼓膜か破れてしまいました。

 2日後の6月9日は、母親が私の足を押さえ、父親が両腕をつかんで20回くらい殴りつけてきました。このときはとうとう右耳の鼓膜が完全に破れたようで血が流れ出してしまいました。(注8)

 私は親子の間に深い心の溝が出来てしまうと思い、一時的に統一教会から脱会するしかないと判断しました。しかし、私は「統一教会は脱会するけれども結婚はやめない」と話しました。

 6月7日に殴られて破れた鼓膜を診察するため病院まで外出を許されたのは、1週間後の6月13日でした。

 私は黒鳥牧師の手によって脱会した人達とは違って、弁護士を紹介して貰うことも拒否しました。私は1993年6月24日に統一教会の「脱会届」を太田教会に提出して、山梨の実家に帰りました。

 黒鳥牧師の教会に通うことになった統一教会脱会者が山口広弁護士らを代理人に立てて、脱会する前に所属していた関係部署に対して返金請求をしていることをだいぶ後になってから知りました。(注9)

 (4)渡韓

 私は1993年6月24日に監禁場所から山梨に両親と一緒に帰りましたが、親子関係をなんとか元の状態に戻そうと、家の炊事や洗濯等をして両親に尽くしました。
 母親は山梨の家に帰ってからも黒鳥牧師に電話をかけて状況を報告したり、指示を受けたりしていました。(注10)

 私は「このままでは、私の人生は台無しになる」と感じ、1993年8月の下旬に韓国に渡り、韓国から電話で「韓国の婚約者の所に来ている。心配しないで」と母親に電話を入れました。

第4・終わりに

 この7か月間は、両親にとっても私にとっても考えられない苦しみの日々でした。

 しかし、拉致監禁に耐えて、統一教会の信仰を捨てる事がなかったので、今では家庭を持ち、子供にも恵まれて幸せに暮らしております。(注11)

 私に対して統一教会からの脱会を強要した黒鳥牧師の他、4人の牧師と両親、また私を脱会させるために、戸塚教会からわざわざ山梨県まで出向き、拉致監禁を教唆し実行に手を貸した人に対し今でも許せない気持ちが残っています。
 なお、私が監禁されたときの部屋の見取り図を添付しておきます。

以上相違ありません。
                 1995年3月13日  
  

 
これを読者はどう思われるだろうか? ここには、はっきりと、村上密が統一教会の信者を強制的に脱会させるために、拉致・監禁の手法を用いることを容認し、実際に拉致・監禁していた信者の情報を、他の牧師らと共有していたこと、また、監禁された信者の説得工作に当たったこと、その工作の度に、信者の家族から、牧師らに多額の金銭が手渡されていた事実などが指摘されている。

しかも、この脱会活動は、信者の家族関係をボロボロにしたことも記されている。信者の親は仕事もままならなくなり、自殺寸前になるまで追い詰められ、家族は憎み合うがごとくに暴力を振るうようになり、家族関係は心のトラウマのために永久に失われる寸前まで行った。

そして、村上らがこのような暴力的手段を用いてまで脱会させようと説得した信者は、その痛手の分だけ、余計にキリスト教に不信感を抱き、結局、統一教会に戻って行ったのである。そして、統一教会に戻って結婚し、こんな恐ろしい脱会運動に帰依しなかったから、現在の幸福が手に入ったのだ、と語っている。

こんな脱会運動に一体、何の意味があろうか。いかに村上の活動が当初から悪質で暴力的な人権侵害を伴うものであり、カルトに入信した信者に対する徹底的な侮蔑に基づくものであったかをよく示す記述である。

現在、村上密の活動を批判する当ブログに対して、村上の支持者・擁護者らによって掲示板で行われている集団リンチは、身体的な拘束や危害を伴うものではないにせよ、以上の暴力的な脱会運動と精神的には非常に酷似しているように筆者は感じられる。

しかも、筆者はいかなるカルト団体にも入信したことのない、村上と同じ教団で幼少期を過ごしたキリスト教徒であるから、村上が筆者に対して説得工作を行う必要はない。

それにも関わらず、筆者が当ブログで村上の活動を批判したというだけで、村上がブログで筆者を非難し、著作者人格権を侵害した記事を発表し、果ては刑事告訴したなどという記事まで投稿し(すでに削除されている)、掲示板でも、筆者は村上の擁護者から、これほどひどい権利侵害に遭わされねばならないのであるから、いかにこの牧師の活動が、根本から歪んでおり、キリスト教徒に対しても、侮蔑的な、非聖書的なものであるかという事実がよく分かるだろう。

つまり、村上の活動は、もはやカルトに入信したことを理由に、信者を抑圧するものではなく、村上に盾突いたことを理由に、信者を抑圧するものとなっているのであり、彼らが権利侵害を繰り返す対象も、もはやカルトに入信した信者に限定されておらず、キリスト教徒を含めた、あらゆる宗教の信者にまで押し広げられているのである。

ちなみに、筆者は村上の活動がこのように暴走して行くであろうことを2009年からずっと予告して来た。

このような運動は、筆者から見て、まさにキリスト教の名折れでしかない。他宗教の信者らから、このような暴力的な活動に手を染める輩が、キリスト教徒の代表であるかのように見られることは、まさに我々キリスト教徒にとっても、恥としか言いようがない。

そして、今や村上の弾圧の対象は、我々キリスト教にまで――他でもなく筆者に――及んでいるわけであるから、これはもはや反カルト運動と呼ぶにすら値せず、キリスト教徒に対する真に悪質な迫害に転じているとしか言いようがない。

村上の正体を知らないまま、彼のマインドコントロールによって脱会させられた信者たちの中には、今も村上を神格化するがごとくに妄信している人たちの一群がいる。掲示板では、そのような信者らが、村上の手先のような役割を担って、今日も村上に不都合なキリスト者を集団でバッシングして葬り去る役目を果たしているのである。

もはやこうなると、「カルトと闘う」という大義名分もどこへやら、村上の活動は、あらゆる宗教に対するのべつまくなしの攻撃へ転じつつあると言って良い。そして、そうなったのも、この運動が初めから、キリスト教の皮を被っているだけの、聖書に立脚しない、御言葉に基づかない、悪魔的な運動だったからなのである。
 
* * *
 

 

   <続く>

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