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栄光から栄光へ、鏡に映すように、主の栄光を反映させながら、キリストの似姿へと変えられていく。

<つづき 3>

 甲の当惑をよそに、若者だけが静かに話を続けた。
「イエスの目の前で、悪魔が描き出した地上の王国の幻の中には、地上の全ての豊かさが含まれていただけでなく、人類全体の幸福もありました。そこではユダヤ民族は、もはやローマ人の圧制の下になく、地上には苦しみも圧迫も重税もなく、イエスの名はユダヤ人の解放者として皆に讃えられていました。使徒ペテロやアンデレの幸せそうな姿が見えます。ユダヤ人たちは皆、地上のくびきから彼らを解放してくれたイエスを王として誉めたたえ、感謝しています。その王国の中には、誰一人、横暴や苦難、貧困や病気に耐える者はいません。全ての人が安全でいられ、もはやどこにも苦しみや病のない幸福な世界…、そのような世界をぜひとも創造してはどうか、そのために必要な知恵を貸してやろうといって、悪魔はイエスを誘惑したのです。
 悪魔は、イエスが人間社会を幸福にしたいと心から願っているのを知っていました。そこで、あらゆる人間を幸せにしてやれる知恵が自分にはある、人間社会を苦しみや病から解き放ち、不公平のない平等なものにするための知恵が自分にはある、悪魔はイエスにそう言いました。神が創った世界は矛盾だらけで、苦しみに満ちていますが、悪魔の自分には、人間をあらゆる苦難から解き放ち、幸せにするためのより良い知恵があるのだ、だから、この自分を頼って理想の王国を建設してはどうかね…、そうやって悪魔はイエスに話をもちかけたのです。

 甲先生、先生の敗北は、ずっと前から、少しずつ始まっていました。甲先生のカルト救出活動は、最初は傷ついた一人ひとりを愛で覆うために行われていたはずですが、いつの間にか、それが『人類の幸福』のためのプロジェクトにすり変わっていったのです。
 主は『小さき者』を憐れむようにと、先生のもとに遣わされました。世の中から見捨てられ、道具にされている人々を先生のところに送り、彼らに愛を示すように先生に求められたのです。なのに、いつの間にか、先生の救済活動は、『小さき者』一人ひとりに、十分な愛を示すためのプロジェクトではなくなって、先生がご自身の権勢を拡大し、その力によって、世の中の構造を覆し、地上の圧制をなくすというプロジェクトにすり変わっていったのです。

 イエスはローマ帝国に立ち向かって、ユダヤ人をくびきから解放することを決して伝道の目的にはなさいませんでした。もしそうしていれば、イエスは大勢のユダヤ人を自由にすることができ、多くの貧困と圧迫をなくすことができたはずで、きっと多くのユダヤ人に感謝されていたことでしょう。何よりも、彼が十字架にかかったときの、信徒たちのあの失望はなかったことでしょう。けれど、イエスは決して、地上的支配からの解放を目的にされず、また、解放される人の人数や、解放の規模には注目されませんでした。

 それぞれの時代には、それぞれの権力があり、支配の形がありますが、イエスの伝道は、決して時代の権力構造を覆すための政治闘争ではありませんでした。人の心に、時代を超える、普遍的な愛の種をまくことが彼の使命だったのです。イエスは、ローマ帝国がもたらしたくびきからの解放を願っていた多くの信者たちに失望され、見放されることを分かりながら、それでも、少数の信徒たちの心に、本当の真理の種を蒔くことこそが、神の御心にかなう行いだと知っていたのです。

 神は決して、教会の規模や信徒の人数に注目されることはありません。神のプロジェクトはいつだって、量ではなく質が求められるのです。なのに、甲先生のプロジェクトは、一人ひとりに十分な質の愛を示すことから離れて、いつの間にか、量を確保することや、規模を拡大すること、政治闘争に打ち勝って、この時代に権勢を誇示することを目的に変化していきました。

 先生が最近、支援する被害者を選んでいらっしゃることをぼくは知っています。どんなに痛ましい、正義を曲げるような訴えを耳にしても、その被害者が孤立していたり、精神的に不安定であったり、裁判になりそうにもない小さな事件だったりして、その被害者を援護しても、ご自分に利益がないと判断された場合、先生はそのような事件には巧みに関わらないように、避けておられます。
 さらに、甲先生はボランティアと言いながら、かなりの謝礼を受け取ってきています。必要経費は全て被害者に支払わせて、ご自身が自腹を切って彼らを援助せらねばならないような状況になることを、極力、避けておられます。

 主はこうおっしゃいました、『私から遣わされたということで、この小さき者に水を一杯でも飲ませたなら、それは忘れられることはない』と。けれども、甲先生は、『小さき者』に飲ませる一杯の水を、被害者に有料で買わせているだけでなく、神が助けてやれと言って先生に遣わした『小さき者』たちを、ご自分の得にならないという理由で退けるようになってしまわれました。
 先生は今、世間からは、被害者を無償で助ける『良きサマリヤ人』のように思われていますが、事実は、本当の行き倒れ人を避けて通る高慢な祭司になってしまっているのです。サマリヤ人は、行き倒れ人のためのホテル代も、治療費も、喜んで自分で支払ったのです。ところが先生は、自分でホテルを予約することができず、治療費も支払えないような被害者を相手にしなくなっています。そしてご自分が治療代を立て替えなければならなかったような場合、必ず後で返済を要求するのです」

 甲はじっと若者を見つめた。色々な事件のことが一瞬で頭を駆け巡った。一体、どの事件のことを指して、若者はこうやって自分を非難しているのだろう。どんな証拠をこの若者が握っているのだろう。最近、関わった被害者たちの顔ぶれを甲は思い浮かべてみた。自分の知らないところで、誰かがこの若者に苦情を漏らしたに違いない。「甲先生は私のために、何の助けにもなってくれなかったんです…」と、自分の悪評を言いふらしているような被害者がきっといるに違いない。一体、それは誰なのだ。

 甲は心に沸き起こる疑念を抑えて、やっとのことで言った。
「…誰だって身体はひとつなんだよ。ただの理想なら、誰にでも簡単に言えるけれど、私にだって限界があるんだ。私にだって家庭があるし、自分の生活がある。いくら、困っている人を助けてあげたいと思っても、24時間、人のために駆け回っていられるわけじゃない。それに、私のところには、すでに200人近い被害者がつめかけてきているんだよ。

 今、教会の不祥事は増えていくばかりで、この分野での働き手はあまりにも少ない。こんな人手不足の状況では、残念だけれど、全ての被害者に対して、私が『良きサマリヤ人』になることはできない相談だよ。でも、それは私が責められるようなことじゃない。被害者の方でも、私がスーパーマンじゃないことを、ちゃんと理解してくれなくちゃいけないよ」

 若者はきっぱりと言い返した。
「でも、できないことを約束して、人に期待を抱かせるのは不誠実ではないでしょうか。丙教会の事件が明るみに出た時、ざっと数えただけでも、被害者は30人はいました。甲先生はあの事件が起こった時、すでに全国に150人以上の被害者を抱えておられ、その全員が回復途上にありました。
 どうやって一人の人間に過ぎない甲先生が、100人以上の被害者に同時的に必要なケアを行えるというのです? すでに目いっぱいの人数を抱えておられたのに、先生ご自身が、丙教会の被害者をケアするのは自分だと名乗りを上げて、より限界状態に陥っていったのではありませんか…? ご自分の限界を分かっていらっしゃらないのは、被害者ではなく、先生の方ではありませんか?」

 甲は不愉快な表情で黙り込んだ。
「きっと、ぼくはとてもお気に障ることを申し上げているのだと思いますが、ご無礼をどうか許して下さい。
 大分前から、甲先生の活動は看板だけが大きくて、実体がないものに変化していきました。特に、丙教会の事件があって以後、先生は弁護士に大きな仕事を回すことができたので、顔が効くようになりました。大勢の被害者が原告となる裁判では、巨大な金額が動きます。ですから、それは弁護士にとってかなり実入りの良い仕事になりますし、何よりも、丙教会のような裁判に関わることは、弁護士にとってキャリアになります。でも、その裁判費用は、皆、被害者が背負うことでまかなわれています。裁判のために借金をしている被害者もいます。

 先生は神学校にも、多くの被害者を学生として送り込んでいるため、学校にも顔が効くようになりました。近頃、神学校はどこも閑古鳥が鳴いているような有様ですから、学校側は生徒が増えて大喜びです。もちろん、その教育費は被害者もちです。
 …こうやって、甲先生は、被害者の存在をビジネス化していき、多方面で新しい需要をつくりだすことに成功なさいました。そのことにより、教界内のもたれあいの構図をさらに強固なものにして、社会とのつながりを作り、カルト被害者の存在を一大産業に変えたのです。

 …でも、そのために、先生でもなく、教会でもなく、被害者だけがさらに重いくびきを負わされていることに、先生はお気づきでしょうか。先生は被害者をご自分の教会の信徒数に数え、奉仕者として積極的に登用するなどして、一旦、カルト化教会でしぼりとられた彼らを、ご自分の権勢の拡大のために、さらに、しぼりとっています。そうやって、無償で助けてあげたはずの人からさえ、代価を要求しておられるのです。

 ダビデ王がイスラエルの人口調査を行ったことは主の前に罪でした。人間を数値化することにより、己が権勢を誇ることは、いつの時代にも、主に忌み嫌われる悪事なのです。なのに、先生は今、『うちの教会の献身者は何人、神学生は何人、私が助けた被害者は数百人にのぼる』と、堂々と人前で誇っておられます。先生は被害者を人として見ておられません、全ての信徒をただご自分の権勢を拡大するための駒として見ておられるのです」

 甲は憤って、宙に腰を浮かして言い返した。
「言葉をつつしみなさい!そんな言い方は不適切だよ!私と被害者に対する中傷になりかねない!
 いいかい、裁判は、傷つけられた名誉を回復するために、被害者自身が選んだ選択だし、神学校に行くことも、彼らが選んだ道だ。それを私がまるで強制したかのように、あるいは、教界ビジネスのためにそうさせたかのように言われるのは、不本意だし、そんな事実は全くないよ!

 それに、私がまるで被害者を自分のために利用しているかのようにきみは言うけれども、私が助けた被害者が、必ずしもここの教会員になっていないことは、誰が見たってすぐに分かる事実だ。元カルト信者で、教会とは何の関わりのないところで生きている人は大勢いるよ。私が自分の教会員にすることを目的に、被害者を選んだりしていないことは、そのことでちゃんと証明されているはずだよ!

 それから、私が神学校や弁護士に顔が効くようになったときみは言うけれど、そんな事実が本当にあるんなら、ぜひ証拠を見せてもらいたいものだね。たとえ万が一にも、そういう結果があったとしても、それは結果論であって、最初からそれを目的に、私が被害者のための救済活動をしていたかのように言われるのは、とんでもない事実のすり替えであって、中傷だ。
 活動の結果として、私は有名になったかも知れない。けれど、それはただの結果に過ぎないよ。そんな風に、原因と結果をすりかえて、私がまるで売名行為を目的として救済活動をやっていたかのように、本末転倒なことを主張してもらっては本当に困るよ。

 大体、きみの言うことには何の証拠もないことばかりだ。被害者ビジネス!? そんな、私がまるで被害者を食い者にすることが目的で、彼らに関わってきたかのような言い方をされると、非常に迷惑なんだよ。私は被害者の魂と、人生を助けるために身を粉にして働いているというのに、それじゃあ、まるで正反対だ、随分な誹謗中傷だよ。
 …これだけ話をして来たのに、きみがそのような考え方しか持てないでいるのはとても残念だ。いいかい、きみがただの思い込みで、証拠もないのに、そのような発言を今後も色んなところで繰り返すつもりなら、たとえきみが相手でも、私は訴えを起こすことも辞さないよ」

「そうでしょうね…、先生は引き返せる地点をとうに過ぎてしまわれました。ですから、今更、ぼくが申し上げることを素直に聞いて下さるとは、ぼくも思っていません」
 若者は残念そうに、だが、きっぱりと言った。
 甲は憤りを隠せず、強い口調で若者をいさめた。
「人の言い分を素直な気持ちで聞くべきなのは、私ではなく、きみの方じゃないか? まだ牧師としての経験も積んでいない若いきみが、この教団の中で、いたずらに先達を非難するようなことを軽はずみに言わない方がいい。きみも組織の人間だし、組織の中でこの先、やっていかなくちゃいけないんだ。
 若いからこそ、きみはそういう大胆な物言いをしているんだろうが、きみも人と協調することを少しずつでも学んだ方がいいよ。自分の意見を持つことは誰にも禁止されていないが、証拠もないのに、自分の意見をやたらに振り回すのはやめた方がいいし、それがただの思い込みなら、根拠もないくせに、いたずらに人の活動をこきおろすのは、たいがいにしなさい。
 …まあ、きみ相手に裁判を起こすほど、私も幼稚で暇じゃないから、今の発言は、聞かなかったことにしてあげていいけれどね。

 いいかい、きみがカルト救出のことについて、本当に真剣に知りたいと思っているなら、まずきみ自身が、私の下で何年間か働いて、その活動の現実をよく学んでから発言しなさい。きみが本気なら、私は教えてあげてもいいと思っているよ。ちゃんと自分のその目で見て、実際に関わって、確かめて、事実関係をよく理解してから、意見を言うのなら、私もそれを尊重しないわけじゃない。でも、ろくに関わっていないのに、ただ傍からの憶測だけに基づいて、物事をあれやこれや批判するのはやめた方がいいよ。いいかい、私はきみのために、はっきりと、真剣に忠告しているんだよ」

 甲は額に青筋を立ててそう言い終えると、何とか気持ちを落ち着けようと努力しながら、もう一度ゆっくり椅子に腰を下ろした。
「先生、もしぼくの発言が、先生にとって不愉快ならば、謝ります。でも、先生の方も、ぼくの発言くらいで、そんなにまでも激怒されるなんて、もしかして、ちゃんとお食事を召し上がっておられないからじゃないですか?」
「食事!? いきなり、何の話だね?」
 甲は苛立ちを露に問い返した。
「…おかしいですか? 先生ご自身がおっしゃっていることじゃありませんか。日々のパンをおろそかにしてはいけないって。たった一つの栄養素が欠けただけでも、人は悲観的になったり、怒りっぽくなったりするもんだって」
 甲はむっとして言い返した。
「何を言っているんだ、私はどんなに忙しくても、食事をおそろかにしないし、自分の生活の必要一切をおろそかにしないよう、いつも気をつけているよ」
 若者は甲をまじまじと見つめた。
「…先生、ぼくが言いたいのは、人が怒るのは、栄養の欠如のせいなんかじゃないってことです。牧師が信徒に当り散らしたり、信徒を虐待したりすることが起こるのは、何よりも、牧者たる彼自身が、主から注意を逸らしてしまったことが、最大原因なんですよ…」

「きみが何が言いたいのか、よく分からないんだが」
 甲は不愉快そうな表情で若者を見つめた。
 若者は続けた。
「人が粗暴になるのは、真理から注意が逸れてしまい、つまり、霊のパンが欠けて、人間的な思いでいっぱいになるからです。それなのに、一体、いつから甲先生は地上のパンの必要性を説くだけになって、霊のパンの欠乏に言及するのをおやめになったんでしょうか」
「何を言ってるんだね、私は霊のパンの必要について語るのをやめたつもりは全くない。今でも説教のたびごとに、その重要性は十分に説いているつもりだ…」

 若者は甲の反論がまるで聞こえないかのように続けた。
「神に従うためには、人は全ての誘惑に打ち勝たねばならないんです。三つのうち、たった一つの誘惑に負けただけでも、人は結局、全部の誘惑に負けたことになるんです。
 さっき言ったように、第三の誘惑に敗北したことによって、甲先生はそれまでの二つの勝利を全て駄目にしてしまわれました。

 しるしと不思議と奇跡という、地上のパンを否定したはずの先生が、今、改めて、十分な食事と睡眠という地上のパンの必要性を説いておられることは嘆かわしい事実です。荒野で繁栄の神学をきっぱり拒絶なさったはずの先生が、今、家族と共に囲む豊かな食事と、安心して眠れる快適な寝床、24時間いつでも駆け込んでくるモンスター信徒によって脅かされないで済む安全で快適な生活、…そんな生活の甘い繁栄の必要性を盛んに説いておられることは嘆かわしい事実です。
 パウロは、『剣にも、裸にも、飢えにも、牢獄にも、耐える秘訣を学んだ』と言っているのに、甲先生は『牧師には快適な食事と快適な寝床と快適な家庭生活がぜひとも必要であり、それが一つでも欠けると精神が不安定化し、ミニストリーが不安定化する恐れがあるから、牧師は自分の生活の快適さと安全を失わないように十分に気を配るべきである』と、盛んにおっしゃっています。この二つには、どれほどの違いがあるでしょう?
 甲先生はいつの間にか、主の知恵によってではなく、この世のパンによって生きるようになってしまわれたんです、嘆かわしいことです」

 甲牧師は顔面蒼白になって、若者を見つめた。何か言わねばならない、自己の正当性を主張せねばならない、こんなことを言われて、ただ黙っているわけにはいかない…、それは分かっているのに、なぜか若者の言葉に圧倒されて何も言えなかった。若者は身じろぎもせず、大胆に言った。

「甲先生は、救出活動を主の御名のためではなく、ご自分の栄誉のための活動にすりかえられました。神は『小さき者』を辱めるために先生のもとに遣わしたのではありませんし、先生の作った箱庭の材料とするために遣わしたのでもありません。なのに、先生は訪れた被害者の弱みをたてにとって、被害者をご自分の信念の前に跪かせ、ご自分のプロジェクトに仕えさせる道具とし、ご自分の夢見ている囚人村の囚人にしようとしているんです。
 先生は被害者に完全なる主権を回復して、自分本来の自由な人生を歩ませようとする代わりに、彼らをかばってやるという名目で、被害者を自分の組織にとどまらせ、自分に依存させ、その一員として鎖でつないでしまっています。

 ちょうど、日本を占領したアメリカが、日本を守ってやるという名目で、占領後もこの国を半ば植民地化して支配しているように、被害者のために安全基地を作ってやるという名目で、先生は、被害者の心と生活を絶対に自分から自立させないよう支配なさっておられるんです。

 アメリカは敗戦のことで日本人に罪悪感を抱かせ、その罪悪感をいつまでも刺激し続けることで、日本人のプライドを骨抜きにし、劣等感を抱かせています。日本の伝統文化を価値のないもののように思わせ、アメリカ優位の文化を押しつけ、それを自国の需要拡大の手段にしています。それと同じように、先生はカルト入信暦という被害者の弱みを、彼らのコンプレックスにかえてしまい、それをたてにとって、彼らにご自分の優位性、ご自分の信仰の正しさを確信させて、ご自分の信仰を優れたものとして被害者に押しつけ、受け取らせ、そうすることによって、新たな宗教ビジネスを生み出しています。そうやって、先生は被害者をご自分の組織に都合よく操って、彼らの人生を支配しているんです。

 先生が行っているカルト被害者救済活動というのは、この世の人心支配の形態の一つでしかありません。それはサタンとの契約に基づく支配です。この活動により有名となられた先生は、ご自身をさらに有名にしようと、今度はご自分の王国都市を築かれることを考えついたんです。

 でも、ご存知のように、この地上を支配しているのは悪魔ですから、その悪魔の承認なしに、人はいかなる都市をも地上に建てることはできません。この地上に続いている宗教都市というものは、多かれ少なかれ、悪魔との契約の上にのみ成り立っているんですよ…。
 神の国は人の心にあって、地上の権勢とは無縁です。それなのに、キリスト教的な都市を地上に建設するという夢は、とどのつまり、悪魔がキリスト者を誘惑しようとして見せる幻でしかありません。そして、悪魔はうそつきですから、一度たりとも、人間との約束をきちんと守ったことはありません。見せびらかして、騙し、働かせながら、約束の報酬を、絶対に人には与えようとしないんです…。
 
 甲先生はお気づきになっていらっしゃらないようですが、悪魔は今、先生が罠にはまって、彼らの王国を建設する作業のために、労働に取りかかっていることに大喜びです。先生はご存知でなくとも、今、先生が建設を進めていらっしゃるものは、神ではなく、悪魔への献上物なんです。
 先生がこれまで被害者たちにそうしてきたように、悪魔もまた、自分の野心をかなえるためならば、借金を負わせてでも、先生を働かせるつもりでいます。そして役目が終わったら、建設労働者としての先生を使い捨てするつもりなんです。

 今、この教団の内外で、甲先生に向かって振り上げるための刃をせっせと砥いでいる連中がいます。彼らは先生のプロジェクトを盗む目的で、先生をいずれ殺そうとして刃を砥いでいるんです。
 大丈夫です、主は先生の命を守られます。けれども、先生がたとえ夢の都市を築くことができたとしても、それは必ず第三者にかすめとられ、先生ご自身がそこに足を踏み入れることは決してないでしょう。

 覚えておられるでしょうか。旧約聖書の中で、預言者モーセが、ただ一回だけ、荒野で民の要求に気圧されて、民の飢え渇きを満たすために奇跡を行ったことがありました。それが神の怒りに触れ、40年間も忍耐強く、民を荒野で導いてきたモーセは、その一回限りの失敗のために、約束の地に入る権利を失ってしまったのです。
 民衆の要求に押されて、民衆の肉体的・精神的必要を満たすために、指導者が神から委ねられた権威を神の承認なしに濫用することを、神は絶対に見過ごしにされません。預言者が大衆の要求に屈し、神から委ねられた権威を、ただ大衆を喜ばせるために使うということは、神の目に忌むべきことであり、恐るべき罪なのです。

 甲先生、神は人間がどんなに最善のものを努力によって作り出したとしても、それをこっぱみじんに打ち砕かれ、退けられます。人間の知性と人間の努力によって作り出される義は、人にとってどんなに気高いものであろうと、到底、神の義にかなわないのです。従って、人間としてのぼくらが、被害者に教えられることは何一つありません。ぼくらはただ、彼らをキリストのもとへ案内することができるだけです。

 先生は被害者の前でご自分の『義』を誇り、ご自分の義を、被害者の義に勝るものとして提示してこられました。でも、本当はどちらも主の前に正しいものではあり得ず、ただ人間による虚しい自己義認があるに過ぎなかったんです。でも先生は、ご自分の信仰が彼らの信仰よりも格段に優れたものであるかのように主張されただけでなく、本当はご自身も、被害者同様に弱く脆い器であるのに、そのことを隠して、ご自分の架空の強さ賢さを被害者の前で演出なさいました。
 そして、そうやって自己を偽って演出しているうちに、先生は主が創られた先生ご自身本来の姿は何であったのかをお忘れになり、主の義の前に、ご自分の義がどれほどちっぽけで無力なものであったかを忘れておしまいになりました。次第に、先生は主の道を軽んじて、主のご計画を曲げてでも、ご自分の思いの方へ引き寄せようとするまでになってしまわれたのです。

 今、甲先生は、虐げられている被害者にとって、まことに耳障りの良い『甘い神学』を唱えておられます。この世で傷ついた人たちが、自分の思いを正当化し、聖書でなく、自分の感覚だけに従って、何が正しいのかを判断することを助長するような教えを、先生は盛んに語っておられます。
 たとえば、夫が暴力をふるい、命の危険を感じるならば、妻は夫と離婚しても良いと語ることによって、先生は最初の逸脱を犯しました。今や、その教えが高じて、夫が浮気をするなら、妻は大いに彼と離婚してよろしい、と、先生は拡大解釈するまでになっています。
 その他にも、虐待的な両親が相手なら、子供は両親と和解しなくても良い、誰の忠告にも耳を貸さないような虐待的牧師は、裁判に訴えて、排斥すればよい、等々。弱者の立場に傾倒するあまり、人と人との関係を根気強く修復する努力をせずに、それが修復不可能にまで崩れてしまうような制裁を科すことを、先生は平気で人に勧め、助長なさるようになっています…。

 ぼくは離婚した人や、両親と和解できない子供や、虐待牧師を赦せない信徒を裁くつもりはありません。そういう人たちが互いに対立せざるを得ない痛み苦しみは理解できますし、ぼくらが互いに愛し合えず、和解できないでいる罪は、心から悔い改めるならば、神は赦して下さると思っています。
 けれども、同時に、ぼくらは忘れてはなりません。主がおっしゃったのは、あくまで『離婚してはいけない』、『両親を敬え』、『汝の敵を愛せよ』、『悪人のために祈れ』ということでした。それはぼくらの力を超えているがゆえに、ぼくらにとっては途方もなくハードルの高い課題に見えます。けれどその課題に応えることができない自分の無力さをかえりみて、主の前に、自分の赦せない心を泣きながら悔い、できません、赦してくださいと、ひれ伏すという過程を経ないのに、ぼくらの心の狭さや自己中心性、罪がただで赦されるとは、到底、思えないのです。

 甲先生、離婚することは罪です。両親を愛さないことも罪です。悪人のためにとりなさないことも罪なのです。でも、ぼくらがその罪を十字架へ持っていくならば、その罪は赦されるでしょう。
 ぼくが恐ろしく思うのは、甲先生が、あたかも人々の罪が、十字架なしに赦されるかのように人に教えていることです。先生があまりにも弱者に対して都合の良い神学を語るので、心に憎しみや、怒りや、赦せない思いなどの苦々しい負の根を抱えた人たちが、自分の心を主の前に少しも恥じることなく、手っ取り早く免罪符をもらおうと、先生のもとに殺到しています。

 被害者が加害者を憎み続けることが、主の目から見てどんなに大きな罪であるかを、先生は教えていません。むしろ憎しみと軽蔑を助長するようなことをおっしゃっています。そのような軽蔑が人の心にどれほどの頑なさと驕りを生んで行き、その人の人生をじわじわと滅ぼしていくか、加害者に対する負の感情を持ち続けることが、どれほど被害者の心身の健康にとって有害であるか、その弊害を何も教えず、そのような心の負の領域を、十字架によって取り払う必要性も主張せずに、先生がただ被害者の訴えにいつまでも同情的に頷くことしかしていないないために、被害者は今や自分の怒りと復讐心には、聖書に照らし合わせて何一つ問題はないと思い込むまでになっています。

 先生は被害者の要求に気圧されて、被害者の心情に都合の良いように神学を曲げてしまわれました。そういう『人に優しい間違った教え』を広めることによって、先生は、被害者の心の中に、神によって決して赦されることのない、消えない罪の領域を作り上げ、自分は正しく、相手は間違っているという、聖書に基づかない傲慢な自己義認と、悪人に対する復讐心を植えつけ、和解ではなく分裂を助長し、神によらない裁きを、すなわち人間による私刑を是認されているのだということが、まだお分かりにならないのでしょうか?

 人間同士の争いに気を取られるあまり、先生は、被害者自身もまた、主の前に大きな罪を抱えた罪人であり、被害者の訴える正義も、主の正義の前には完全に打ち砕かれるべき、虚しい、小さなものに過ぎないということを語ることを忘れてしまっています。

 このようなことを神が黙ってお赦しになるでしょうか。
 甲先生、先生はいずれ、先生自身が分裂敵対させてきた教界と、先生の唱える蜜のような甘い神学に群がってきた信徒の双方から、大きな突き上げを食らわされ、追いつめられるでしょう。聖書が言うように、不正によってできた富を使ってでも、先生が『小さき者』を助けて来たのなら、その時、先生をかばってくれる人たちはもっといたでしょうに。けれども、先生は多くの『小さき者』を見捨てられました。ですから、その日にあなたを弁護する人々はわずかしかいません。
 人に優しい神学によって、先生が集めて来られた信徒たちが、先生の与える地上のパンでは満足しきれなくなって、もっとパンを寄越せと叫んで、先生に襲いかかる日が来ます。そしてそれに追い討ちをかけるように、教団の規則が振り下ろされ、先生はご自分が築いた地上の王国を追われるでしょう。
 その王国はもとより悪魔の偏在のために作られたものですから、神は決してその捧げ物を喜んでお受け取りにはなりません。

 主は甲先生をお見捨てにはなりません。主は、先生が真心から主をあがめていた時期をお忘れにはなりません。でも、甲先生の地上的栄誉は必ず取り去られるでしょう。『剣を取るものは剣で滅びる』と聖書にある通り、先生はご自分が行使して来られた分裂という武器によって打ち滅ぼされるのです」

 甲は驚きのあまり何も言えなかった。話の初めにはあれほど饒舌に出て来ていた言葉が、何一つ出て来なかった。若者は憐れみを込めるような眼差しで、しばらくじっと甲を見つめていた。
「…では、お話しなければならないことは全て終わりました。お時間を割いていただいてありがとうございました」
 若者は立ち上がって、丁寧に礼をした。甲もつられて立ち上がったが、ぼんやりしていたので、礼を返すことも、手を差し出すことも忘れていた。
「では、どうぞお元気で、甲先生」

 くるりと踵を返し、応接室を出て行った若者が、信徒の誰かに挨拶して、正面玄関の戸を閉める音が聞こえた。

 甲は呆然とその場に立ち尽くしていたが、はっと我に返って、執務室に急いだ。いっぱいに本が詰まった本棚の中から、今年発行されたばかりの、教団の全ての牧師の名が記載されている年鑑を取り出すと、デスクの上に乱暴に広げ、大急ぎでページをめくった。妙な胸騒ぎがした。今会った若者は、本当にこの教団の牧師だっただろうか? 本当にあんな人物がこの教団にいただろうか…?
 年鑑の最後のページに、ようやく若手牧師の顔写真を見つけて、甲はほっと胸をなでおろした。やはり記憶違いではなかったのだ。

 何の動機でそうしたのか彼には分からなかった。好奇心がそうさせたのか、疑いがそうさせたのか…。気づくと甲は執務室で電話の受話器を取り上げて、年鑑に書いてある通りの山小屋教会の電話番号をダイヤルしていた。受話器の向こうで呼び出し音が鳴り響いた。

 何を私は馬鹿なことをしているんだろうか、と甲は心の中で思った。牧師が留守なんだから、どうせ誰も出やしないことは分かりきっている…。
 十回目ほど呼び出し音が鳴った後、誰かが受話器を上げるのが聞こえた。
「はい、山小屋教会ですが、どちら様でしょうか?」

「私は甲牧師と申します。そちらの牧師先生は今いらっしゃいますか?」
 準備していたわけでもないのに、なぜか台詞がすらすらと出て来たことに甲は自分でも驚いた。
「いいえ、ここには牧師はいませんが」
 老人と言っていいくらいの、年配の男性の声が答えた。
「いつ頃、戻って来られるでしょうか? ぜひにもお話したいことがあるので、私、甲から電話があったとお伝えいただければありがたいのですが」
「先生はもう戻って来られません」
「はあ? どういうことです?」
 甲はすっとんきょうな声を出した。
「先生は殉教なさいました」
 電話の向こうの声が言った。甲は絶句した。
 センセイハジュンキョウナサイマシタ…? すぐには意味が飲み込めず、言葉だけが頭の中で鳴り響いた。
「どういうことでしょうか、詳しくお話をお聞かせいただければありがたいのですが…。それに、失礼ですが、あなた様はどちら様です?」
 受話器を持つ手の震えを押しとどめようとしながら、甲は尋ねた。

「私は近くの寺の住職です、教会の者ではありません。今、先生の遺品整理のために、こちらに参っていたところです。
 何もご存知ないようですから、お話しましょう。実は、三週間ほど前に、こちらの地方で大雪があったのですが、その大雪の時に、村の女の子が一人行方不明になりましてね。こちらの教会にも捜索の依頼が出されて、先生は村人と一緒に女の子を探しに出て行かれ、そのまま、雪崩にあって帰らぬ人となったのです。私たちが先生を探し出した時、先生はすでに息絶えていらっしゃいましたが、身体の下にかばっておられた女の子は、無事、病院に運ばれました。村中が皆、このニュースに驚き、心から先生を惜しみました。お若くて、将来が有望な方でしたのに、本当に残念なことでした…」

「それは本当なんですか? 三週間前に亡くなったんですって? そんな馬鹿な。そんな話を私は教団から何も聞いていませんよ、それに彼はたった今…」
 言いかけた甲の声が聞こえなかったのか、住職はそのまま話し続けた。

「確かに三週間前のことでした。お通夜の前に、ここの信徒がそちらの教団教区に牧師の派遣を依頼したはずです。でも、どなたにも断わられたと聞いています。何しろ、大雪で県道が封鎖されて、村が孤立していましたからね、来ようにも、誰も来られなかったんでしょう。
 仕方がないので、ここの信徒と私と、村の数人が立ち会って、お通夜と葬儀を済ませました。信徒が賛美歌を歌って、私が般若心経をあげさせてもらいました。おかしな葬式だったかも知れませんが、牧師がいなかったのですから、まあ、仕方がありません。
 生前に先生からお聞きしていた話によりますと、先生は天涯孤独のご境涯であられたようで、ご家族はとうになくなっているそうですから、どなたにも連絡はしませんでした。今、甲先生からお電話をいただいたのが、牧師さんからの初めてのお電話ですよ。
 え? ご遺体ですか? 先生のご遺体は私がお引取りし、荼毘にふして寺の墓地に納めました。墓石にはちゃんと十字架を刻ませましたよ。墓碑銘には『愛は全ての咎を覆う』と書かせてもらいました。それが先生のお好きな言葉だと聞いていたものですから…。先生は生前から随分と仏教にご理解があられましたから、まあ、寺の墓地に埋葬されたからといって、決して不愉快に思われるような方ではないと信じていますよ…」

 甲は住職に礼を言うと、電話を切った。にわかには信じがたかった。全てが自分をからかうための悪い冗談なのではないかという疑いを、甲は拭い去れなかった。不意に、執務室をノックする音が聞こえた。
「甲先生、電車が雪で止まったせいで、こんなに遅れてしまって、申し訳ありません。今からでも、カウンセリングは間に合いますか…?」
 見ると、執務室のドアの外に、見慣れた三人の親子連れが立っていた。仕事を終えたばかりなのか、疲れた表情の両親に、青ざめた顔でうつむいている背が高く髪の長い女の子。いずれも融けた雪のためにぐっしょりと濡れたコートを着ている。
「ああ、いらっしゃい、構いませんよ、今からやりましょう…」
 甲はそう言って、いつものように笑って、執務室の扉を閉めようとしたが、手は震え、表情はこわばって、笑顔にならなかった。ドアの隙間から見えている時計にふと目をやって、甲は驚いた。針は4時30分を指していた。
 窓の外には、日暮れ前の太陽を浴びて、オレンジ色に輝きながら、粉雪が舞っていた。

<終>

*この話はフィクションであり、登場人物は現実に存在しません。

 

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